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津地方裁判所 昭和35年(ワ)147号 判決 1964年5月20日

主文

一、原告の請求を棄却する。

一、訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者双方の申立

原告は「一、被告は原告に対し別紙その一記載の家屋及び田(以下「本件家屋及び田」という)につき昭和三三年一二月一二日津地方法務局川口出張所受付第二、一〇八号を以つて被告のためになされた抵当権設定登記手続の抹消登記手続をせよ。二、訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、

被告は主文と同旨の判決を求めた。

第二  原告の主張

一、被告は昭和三三年一二月一一日に、訴外谷忠助との間に債務者右谷忠助、貸金元金三〇万円、弁済期昭和三四年六月一〇日なる金銭消費貸借契約を結び、且つ即日登記簿上原告所有名義に登載されている本件家屋及び田につき被告のため抵当権設定契約を結び、これを原因として昭和三三年一二月一二日津地方法務局川口出張所受付第二一〇八号をもつて右家屋及び田について被告のため抵当権設定登記手続を経由した。

二、然しながら、右各抵当権設定登記は次の理由により抹消さるべきである。

(一)  本件家屋及び田は元来訴外亡谷信吉の所有であつたが同人が昭和二八年六月九日死亡したので同人の遺産のすべてにつき、昭和二八年一二月ごろその相続人訴外谷かん(信吉の妻)と、原告(信吉の養女)及び亡訴外三夫(信吉の婿養子)の代襲相続人すなわち原告と三夫との間に出生した訴外谷桂介(昭和一三年九月一三日生)同谷芙美子、(昭和一六年三月一六日生)同谷八郎(昭和二一年五月二七日生)(原告の子は当時いずれも未成年者につき原告が法定代理人として関与)とが協議し、本件家屋及び田は原告とその子三名の共有とすることとしてこれを共同して相続した。(共有持分は原告と子供らが各二分の一。)

(二)  その後原告は本件家屋につき原告所有名義に昭和二九年六月二九日所有権保存登記を経由し、本件田につき、原告所有名義に相続を原因として同日所有権移転登記手続を経由したが、右家屋及び田は本来前記のとおり原告とその子三名の共有なのであるから右原告の単独所有名義の登記は真実の権利関係からは逸脱していたわけである。

そこで原告の子である右三名は訴外赤塚宋一を訴訟代理人として原告を相手取り昭和三七年二月二日津地方裁判所に相続回復請求の訴を提起し、(その請求の趣旨及び原因の詳細は別紙その二のとおり)本件家屋及び田についての二分の一の共有持分の回復を求めたので原告は同年六月二二日右請求を認諾した。そして右認諾の趣旨に従い原告は子供らと協議し、本件家屋は原告の単独所有とし、本件田は子供らの共同所有とすることに遺産分割の協議を遂げた。

(三)  以上の経過に徴しても明らかなように本件田は民法第九〇九条の規定により前記相続開始時たる昭和二八年六月九日に遡つて子供らの共有財産となり原告は何の権利も当初から有していなかつたことになるわけである。そして被告のためになされた前記抵当権設定契約ないしその登記のうち、本件田については原告は訴外谷忠助のため物上保証人となることを承諾していたのであるが、右の次第で原告は本件田について当初から無権利者であつたことになるから右田についてなされた抵当権設定契約もその登記もいずれも所有権を有しない者のなした行為となり無効というべきである。

(四)  本件家屋は前記のとおり当初から原告の単独所有となり、従つて、原告の単独所有名義の前記保存登記は有効なわけであるが原告は右家屋につき、被告のため抵当権を設定することを承諾したことは全く無く、前記設定登記は訴外谷忠助が原告に無断で原告が本件田について右忠助のため物上保証人となることを承諾し、そのために必要な権利証、委任状、印鑑証明書等を同人に交付した際、同人が本件家屋の必要書類も擅に持ち出し、前記抵当権設定登記手続をなしたもので、右登記は原告の意思に基づかない無効のものである。

(五)  以上のとおり、本件田は当初から原告の所有でないし、本件家屋については原告の所有ではあるが、これについては抵当権設定を承諾したことはないのであるから、右各不動産について被告のためなされた本件抵当権設定登記はもとより無効というべきである。

三、仮に以上の主張が理由ないとすれば次のとおり主張する。

昭和三四年一一月四日に訴外谷忠助は昭和三三年一二月一一日付の金三〇万円のほかに更に一〇万円を借増し、その合計四〇万円について新たに公正証書を作成したが、その際、訴外谷由松が新たに被告の承諾を得て、連帯保証人となり、右忠助、由松及び被告の三者の話し合いにより先の三〇万円の貸借についての原告の物上保証人の地位は免除された、その結果本件家屋及び田につき、原告が被告のため設定した前記抵当権も当然に消滅したことになる。

四、よつて被告に対し前記各抵当権の抹消登記手続を求めるため本訴に及んだ。

第三、被告の主張

一、原告主張事実中第一項の事実は認める。

第二項の(一)の事実のうち本件家屋及び田がもと訴外亡谷信吉の所有であつたこと右訴外人が昭和二八年六月九日に死亡し、右訴外人の相続人は原告主張のとおりであることは認める。その余は否認する。原告主張の遺産相続人間の協議では、訴外谷かんは京都市所在の不動産と株式の一部を相続し本件家屋及び田と株式の一部は原告が単独相続することに定まつたのである。原告提出の甲第二号証(協議書)は、原告が本件抵当権の実行を恐れて訴外谷かんらと謀り谷信吉死亡当時に日付を遡及して作成したいつわりの文書である。

同二項の(二)の事実は原告が本件家屋及び田につき原告主張のとおりの登記をしたこと及び原告主張のとおりの相続回復請求の訴が提起せられ、原告が右請求を認諾したことは認める(但し認諾の効力は後記のとおり争う。)

右認諾後原告主張のとおりの遺産分割の協議をした点は知らない。その余は否認する。

同二項の(三)(四)の主張は争う。

第三項の事実は否認する。

二、本件各不動産はいずれも原告が単独で相続したもので原告の所有であり、原告主張の訴外谷忠助及び被告間の金三〇万円の消費貸借上の債務につき原告は物上保証人として右家屋及び田に抵当権を設定することを承諾の上被告のため設定登記をしたのであるから、右登記はもとより有効であり、その後被告において原告の物上保証人の地位を免除したことはないから、原告の本訴請求は失当である。

なお前記原告の子供らの提起した相続回復請求の訴は本件抵当権の実行を免れんために原告らが相謀つてなしたいわゆる馴れ合い訴訟であつて右認諾はもとより無効である。

第四  証拠(省略)

理由

一、原告主張の第一項の事実は当事者間に争がない。

二、原告は本件家屋及び田につき被告のためなされた抵当権設定登記が無効である旨縷々主張するので以下審按するに

(一)  本件家屋及び田がもと訴外谷信吉の所有で同人が昭和二八年六月九日死亡したこと、同人の遺産相続人は原告主張のとおり訴外谷かん(信吉の妻)、原告(信吉の養女)、亡谷三夫(信吉の婿養子で原告の夫)の代襲相続人である谷桂介外二名であつたことは当事者間に争がなく、成立に争がなく、成立に争のない甲第五号証、乙第一号証の一、二、三、証人平井省三郎の証言及び原告本人谷あさの尋問の結果の一部によれば、訴外信吉死亡後その遺産は本件家屋とその敷地七二坪余及び本件田、京都市中京区西ノ京馬代町所在の宅地と株式若干があつたが、このうち京都市の宅地は訴外谷かんが相続し、昭和二八年一二月二四日付で相続を原因としてその旨の登記を経由し、ついで同女が昭和三四年一月一八日死亡するや、同年二月二一日付で原告と右桂介ら子供三名が相続を原因としてその旨の登記を経由し、ついで同年三月四日これを訴外藤本某に売却したこと、一方本件家屋及び田については原告主張の日時にその主張のとおりの原告単独所有名義に登記が了されていることは前記のとおりであり、右各登記は訴外平井某が原告からその旨の委任を受けてなしたものであること、また亡信吉の遺産のうち株式若干は原告が相続したものの主として原告の子桂介が管理し現在に至つていること、及び本件家屋の敷地七二坪についてはいぜんとして現在に至るまで亡信吉の所有名義のままになつていること以上の事実が認められ、右認定の趣旨に反する原告本人谷あさの尋問の結果部分はたやすく信用し難く、他に右認定を動かすに足りる証拠は存しない。

右認定の事実によれば、訴外信吉死亡後、訴外谷かんと原告との間に信吉の遺産について前記各登記のとおり京都市所在の宅地は訴外谷かんの、本件家屋及び田については原告の所有とする旨の遺産分割の協議が成立し、右協議に基づいて前記のとおりの各登記を経由したものであることは明白である。(本件家屋敷地七二坪についても恐らく原告所有とする旨の協議がなされたものと推測されるが、或は右宅地の登記簿上の所有名義がいぜんとして亡信吉名義のまま放置されていることからすると、桂介ら子供らの所有とする旨の協議が成立していたのではないかとも推測されないこともない。)

原告は信吉死亡直後本件家屋及び田については原告とその子桂介らの所有とする旨の協議が原告と訴外谷かんとの間に成立していると主張するけれども、右主張に副う甲第二号証の記載部分は、少なくとも本件家屋及び田を原告所有とする旨の前記登記当時には作成されていた形跡の存しないことは、前示採用の証人平井省三郎の証言及び原告本人谷あさの尋問の結果の一部により明らかであるから、右甲第二号証の存在は前記認定を動かすに足りる資料とはなし難く、他に右認定をくつがえし原告の右主張を維持するに足りる証拠はない。

(二)  つぎに証人谷忠助、同西村つた子の各証言及び原被告各本人尋問の結果(但し証人谷忠助の証言及び原告本人尋問の結果はその一部)並びに本件口頭弁論の全趣旨を総合すると

原告は訴外谷忠助の要請により、訴外忠助に対し、本件家屋及び田につき、本件三〇万円の貸借につき、被告のため物上保証人となることを承諾し、訴外忠助に対し右に必要な本件家屋及び田の権利証、印鑑証明書等の必要書類を交付し、訴外忠助はこれにより原告を代理し被告のため本件各抵当権設定登記を経由したものであることを推認することができる。

原告は、本件田については抵当権の設定を承諾したが本件家屋については承諾したことはない旨主張し、証人谷忠助及び原告本人谷あさのは右主張に副う供述をしているけれども右供述部分はたやすく信用し難く、他に右主張を維持するに足りる証拠はない。

(三)  しかして原告主張の日ころ、その主張のとおりの相続回復請求の訴が原告の子桂介らから原告を被告として津地裁に提起され、原告がこれを認諾したことは当事者間に争がない。

原告はこの認諾調書の効果として本件家屋及び田は亡信吉の遺産相続の開始した前記昭和二八年六月九日に遡つて原告とその子桂介らの共有となつた旨主張する。

然しながら、一、成立に争のない甲第四号証の一、二、三、及び証人谷由松の証言により認められる次の事実、すなわち右回復請求の訴は本訴提起後約一年有半を経た後において原告の子桂介、芙美子及び八郎の特別代理人訴外谷由松(右由松は原告の次兄で訴外忠助の弟であり、かねて原告から本件田について抵当権が設定されてあるため困つていることを聞き、訴外忠助に対し早く抵当権の抹消方の手段を講ずるよう要請していた。)が本件訴訟における原告の訴訟代理人をその訴訟代理人に選任し、右訴訟代理人(すなわち本件原告の訴訟代理人)が、原告を相手取つて提起したという形式になつており、従つて原告は右回復請求の訴については代理人を選任せず単独で応訴していること(なお八郎の特別代理人選任許可申請の家事審判には申立人(原告)の代理人として本件訴訟の原告の訴訟代理人が関与していることが看取できる。)二、原告自身は前記認定のとおり訴外谷かんとの間に本件家屋及び田につき自己の所有とする旨の遺産分割の協議をとげ右協議に基づいて本件家屋、田について単独相続を原因として自己所有名義に登記を了し、その上で右家屋、田について訴外忠助の物上保証人となることを右忠助を介し被告に対し約諾していたこと以上の諸事実と本件口頭弁論の全趣旨に徴すると、右回復請求の訴はその実質から考えると本件抵当権の実行を免れるための苦肉の策として原告自身が訴外谷由松らと相謀り、子供らの名義を借りて自己自身に対し訴訟を提起し、これを認諾したものであると断定してもあながち過言とは言えまい。

かような認諾調書の効力の有効であるか無効であるかはともかくとして、右のような動機の下に提起された回復請求の訴の認諾調書の存することを理由としていやしくも一旦抵当権の設定を承諾した原告が抵当権者である被告に対し本件家屋、田は相続開始の時に遡つて原告とその子らとの共有となつた旨主張するようなことは信義則上許されないというべきであろう。

従つて認諾調書の存在を前提とする原告の主張はその他の点につき判断するまでもなく失当というべきである。

(四)  つぎに原告は甲第一号証の公正証書が作成されたことにより、原告の物上保証人としての地位は被告から免除された旨主張し、証人谷忠助、同山本清は右主張に副うような供述をしているけれども、右供述部分はたやすく信用し難く、他に右主張を認めるに足りる証拠はない。

却つて、成立に争のない甲第一号証、乙第七号証の一ないし四、乙第八号証の一、二、第九号証の一ないし三、証人谷忠助、同谷由松の各証言の一部と証人山本清の証言及び被告本人県ちか尋問の結果を総合すると原告主張の甲第一号証記載の訴外忠助及び被告間の訴外由松を連帯保証人とする四〇万円の貸借は、本件三〇万円の貸借とは別個のものであり(乙第九号証の一、二、三は本件貸借につき、乙第七号証の二、三、四、及び乙第八号証の一、二、は別途の四〇万円の貸借につきいずれも訴外忠助の振り出した手形である。)のみならず、右甲第一号証作成に際しては別段原告の物上保証人としての地位を免除する旨の話し合いなど訴外忠助らと被告との間には何らなされなかつたこと以上の事実を肯認することができるから原告の右主張もまた採用するに由ない。

三、以上の次第であるから、本件各抵当権設定登記は原告と被告との間においてはこれを無効とすべき理由、ないしその消滅原因は何ら存しないから、もとより有効というべくその抹消登記手続を求める原告の本訴請求は失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

別紙その一

一、一志郡白山町大字山田野四九九番の一

家屋番号 九三番

木造瓦葺平家建居宅 建坪 二二坪五合

木造瓦葺平家建物置 建坪 四坪五合

二、同所 一、四九〇番

田 九畝二八歩

別紙その二

請求の趣旨

一、被告が一志郡白山町大字山田野三八一番地亡谷信吉の遺産である別紙目録記載の各物件についてなした相続は、その二分の一を原告等に回復せよ。

二、被告は、右遺産の分割について原告等と協議せよ。

三、イ 前項協議の結果原告等において

別紙目録記載(一)の物件を取得するものとなつた場合は、被告は、これについて管轄法務局昭和二九年六月二九日受付第一〇六二号をもつて、被告のためになした所有権保存登記の抹消登記手続をせよ。

ロ 同協議の結果原告等において

同(二)の物件を取得するものとなつた場合は、被告は、これについて管轄法務局右同日受付第一〇六一号をもつて、被告のためになした所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

請求の原因

一、被告の義父信吉は昭和二八年六月九日死亡したので同人の遺産である別紙目録(一)(二)記載の物件について相続が開始した。

二、右遺産の相続人は、訴外谷かん(被相続人の配偶者)被告(被相続人の直系卑属)、原告三名(いずれも被相続人の養子谷三夫の子)であつたところ、訴外かんは生前被相続人から生計資本としてその相続分の価額以上の財産の贈与をうけていたので、原告三名と被告がその遺産相続をした。

しこうしてその相続分は原告三名が二分の一、被告が二分の一である。

三、ところが、被告はそれぞれ請求の趣旨記載の受付番号をもつて当時未登記であつた別紙目録(一)記載の物件について被告名義に所有権保存登記をなし同目録(二)記載の物件について、被告名義に所有権取得の登記をなした。

四、被告は、相続回復請求権の時効の利益を放棄している。

五、よつて請求の趣旨記載の申立をする。

別紙

物件目録

(一) 一志郡白山町大字山田野四九九番地の一所在

家屋番号 同所 九三番

居宅、木造瓦葺平家建、床面積二二坪五合

附属建物、物置、木造瓦葺平家建、床面積四坪五合

(二) 一志郡白山町大字山田野字的場所在一、四九〇番

田 九畝二八歩

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